2011年05月22日
●池澤夏樹『やさしいオキナワ』
先日、沖縄に行ってから、沖縄のことが気になる。通り一遍の観光で大した旅行ではなかったし、現地の方とそう交流したわけでもないのだが、東京にいるのとは何か、確かに違う空気を感じ、それが何なのかと考えさせるのだ。
というわけで、沖縄の魅力の取り憑かれた先達、池澤夏樹氏の本を読む。

「なぜ沖縄の人々の顔に惹かれるのか。彼らが正しい生活をしているからだと思う。その裏には、前に書いたように架空都市東京の宙に浮いた生き方がなんとなく日本全体の主流になってしまって、誰もが中がすかすかのまま外側だけを飾って生き方をしているということへの反発がある。」
この本は、移住前の94年に書かれたものと移住後の97年に書かれた2つの文章が収められている。前半は沖縄へのオマージュが熱く語られているが、後半は、そのあたりの熱がやや落ち着きつつも、より深く沖縄に立ち入った形だ。
「こういう沖縄社会を支えている沖縄人のもっとも重要な性格は何か? ぼくはずっとそれを考えてきて、どうやらそれは一人一人が自分でものごとを判断しているせいではないかという結論に至った。自分の頭で考える。自分の中にある基準で判断する。他人と自分を比較しない。だから周囲が言うこと、世間が行っていること、法が決めたこと、先例として残っていることは誰にとっても参考条項でしかない。
五百年に亘ってヤマトからいじめられ、利用され、差別されても、まだ本土復帰から二十五年を経た今も県民の平均所得を見れば全国でもっとも下でありながら、やはり日本全体でいちばん元気で、風とおしのよい、明るい社会を維持している。」
池澤さんの南方紀行としては、「ハワイイ紀行」なども好きだけれど、楽園を求めたハワイ紀行とは、沖縄のそれは、同じ視点ではいられないものだろう。同じ日本国内で、より関わりが近く、そして、その関わりは、アメリカ軍基地など現在も進行形の問題として、考えざるを得ない。
それでいて、強烈に東京的なものとは異質でありえていることは確かで、国内ではそのためにとても貴重なのだ。
東京的なものを否定し、沖縄を非東京的な存在として、憧れることは簡単なのだが(そうしたい気持ちも強いのだが)、架空都市東京の生活をただ否定してオルタナティブを探すことが解決先に近づくのかという思いと、沖縄のことを知ればしるほど、結局、"観光者”として触れるしかないのではないのかという思いが募る・・。