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2009年07月04日

「スタジオ・ボイス」休刊

2日、「スタジオ・ボイス」が休刊することになりました、とインファスのTさんより電話をもらう。「先輩たちの作ったSVを止めることなって、すみません」。すでに、ボイスを離れて、14年、そんなふうに考えてもらっていたことに驚く。その話を聞いたときには、それほどの感慨もなかったのだが、3日になり、各社のニュースサイトで報道や、Mixiでの投稿を見て、自分で認識していたよりも、その存在は大きかったのかなと思う。

思えば、89年、コリーヌ・ブレ編集長時の6ヶ月間で、コスト増(毎号、海外取材だし)と部数低迷は限界に来ていて、社から「最後に、おまえらの思うとおりにやっていいよ。ダメだったら、あと2号で廃刊」と言われて仕切り直した雑誌が、その後、20年も存続し、その休刊がメジャーメディアで報道されるまでの存在になったということが感慨深い。

SVは、「サブカル雑誌」と認知されているけれども、僕としては、そうした意識はまったくなくて、「エッジ感」さえ担保していれば、どんな分野のことを、どんな切り口で、どんな形式で作っても"SV的"として成立する、器の「幅」のようなものはできていたはず・・。

近年のSVが、僕らが作った20年前と依然同じ枠組みから離れられずにいたのは、残念にも思えたけれども、僕らが、それ以前のSVを好きだからSVに参加したわけではないのに対して、近年の編集者の方は、SVが好きだったんだな、と思う。

近頃のSVはつまらないとか、批評家めいたことを言うのは簡単だが、未だコンテンツ制作業に身を置くものとしては、自身の制作物で何かの解答を出し続けるしかないだろう、という気持ちもあった。

昨年、またやらないかと強くお誘いをうけたが、ちょうど新しい活動をはじめたところでもあったので、お断りをさせていただいた。20代後半から30代前半、ほとんど休まず、生活すべてを注いだ、かつてのようなエネルギーが今あるかというと、それも自信がなかった。こうなってみると、今、僕だったらどういうSVを作っていただろう、と考える・・。それは、もちろんウェブでもないわけで・・。

知人の知らせで、Mixiの投稿を読んであらためて、「影響を受けていた」という人が多いことに驚く。高飛車で、わけのわからない、読みにくい雑誌に、お金を出して手にとってくれた方々に、あらためて感謝したい。
また、SVを一緒に作った当時の仲間、いつ支払われるかわからない原稿料にも関わらず協力してくれた執筆者の方々にも、なにか戦友のような感覚がわく。インファスのT氏は、あくまで「休刊」ですからというが・・・これまで存続させてきたスタッフの方々、お疲れさまでした。

そういえば、
「マリ・クレール」も廃刊だという。こちらは、下っ端として関わっていた中央公論からは、出版元も代わり、内容もまったく変わって、別の雑誌になっていた時期が長いので思い入れはほとんどない。
何の因果か、当時の同僚(その後、カメラマンとして活躍したSさん)が若くして亡くなって、今日は四十九日の法要。お互いお世話になった安原顯さんも亡くなってもう5年だ。

時は流れ、社会状況は変わって、メディアに対する立ち位置は変わるが、久々に編集業としての原点を思い出した。

投稿者 esaka : 2009年07月04日 14:07

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