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2009年01月24日
●田中隆之『「失われた十五年」と金融政策』
高橋洋一『この金融政策が日本経済を救う』のところで書いたように、経済学者、エコノミストが量的緩和についてどう考えているのか知りたかったところで、タイムリーな本を日経の書評で発見。橘木俊詔氏によるものから。
「評者が最も大きな関心をもったのは、著者がインフレ目標論に関して、日銀がそれを導入しなかったことを正解であったと結論付づけた点にある。私もこの説に賛成である。2008年度のノーベル経済学賞を受けた米国のクルーグマンをはじめ、高名な外国の経済学者が、日本にインフレ目標を設定せよと主張したのであったが、日本のことをよく知らない彼ら経済学者の主張のあやふやさを指摘している点は小気味よい。」
・・う〜む。評者の立場はわかった。

で、この本の著者は・・
「量的緩和によるベースマネーの増大は、すでにコール金利がゼロとなってそれ以上は低下しないのだから、市中銀行の貸出も債券購入も起きず貸出金利・再建利回りも低下しない(同時にマネーサプライも増加しない)。したがって、景気は拡大しない──基本的にこのように考えざるを得ない。」
「ベースマネーを増やしさえすればマネーサプライが増加するはずだという信用乗数アプローチ的な考え方自体に欠陥があったと考えざるをえない。」
「日本の論者が主張した人為的インフレ政策はクルーグマン提案の中核部分をスキップして、外形のみを説明したものが多かった。つまり、日銀がインフレ目標を設定し、「できることは何でもやるという姿勢」を明確にすればインフレが起き、デフレから脱却できるというのだが、これは「ほら吹き男爵」の寓話の域を出なかった。」
「モデレートなインフレを起こすことでデフレを脱却する手段は皆無なのだから、中央銀行がインフレ率にコミットしても、民間経済主体はそれを絶対に達成できないと考えてしまう。」
こうも言いますな。
「単純に「クルーグマンが言っているから正しい」程度の議論が幅を利かせた反面、その核心部分を理解しないままに反論する向きも多かった。」
というわけで、比較的冷静で論理的にインフレターゲット論の是非について解説してくれているように思うが、その展開がどこまで正しいのかは、情けないがわからない・・。別の立場からの冷静な議論を読ませていただこうと思います。
しかし改めて思うのは、経済学者が依って立つ考えの違いが、一見ひじょうにわかりにくいことだ。これだけ大きな違いがあるにも関わらず、テレビ番組などではひとつの"真理"のように解説、説明する。政治家や政治学者が明らかに考えの違う立場から議論する、ということは行われることはあるが、経済に関しては、ほとんど目にしたことがない。一方の説明を、その場では、真理として聞き、また別の場所では違う話を聞く。これでは、一般人は混乱するばかりだ。だいたい、こうした重大な議論が行われていることそのものが、多くの人々に知られていない・・という意味では、メディアの責任も大きいのか・・。
それに、金融政策の主人公である、日銀総裁がマスコミにあまり出ないというのはどうしてなんだろ。
投稿者 esaka : 22:33 | コメント (0) | トラックバック
2009年01月18日
●浜田和幸『石油の支配者』
このブログでも、数年前から石油と新エネルギーの動向をときどき追ってきたのだが、去年の原油価格の高騰と急落は、なんというか異常。夏過ぎまでは、いよいよピークオイル説も現実化か、と思ったのもつかの間、あっという間に3分の1まで下がった。石油に関しては、わからないことが多すぎる。いちいち情報を追うのもバカらしくなるほど。

で、この本を手に取ったわけだが、アメリカ、ロシア、中国・・さまざまな勢力がエネルギーの覇権をめぐって、激しい争いが行われていることはわかったけれど・・、なにか合理的に判断がつかない分、余計に遠い世界の話になった気分。
極めつけは・・
「ピークオイル説を、科学的根拠のない極端な悲観論にすぎないとみなす最右翼がロシアである。ロシアの科学アカデミーが中心となり、ウクライナの研究者と共同で進められた「原油無機説」の信奉者たちである。・・
ロシアの研究者たちはこの原油無機説に基づく研究成果を応用し、既に枯渇したと思われていた原油や天然ガス田の再開発に相次いで成功したのである。特に1990年代・・・当時、枯渇したと思われていた61の油田のうち37の油田で再び原油を生産することが可能になったのである。・・このようなロシアの油田再開発技術は、近年まで西側に知られることがなかった。・・当初は否定的な受け止め方をする研究者も多かったが、原油が恐竜やその他の動植物の死骸が蓄積し長年の間に化石燃料と化したとする説を科学的に証明することを求められて証明できる研究者も誰もいなかったことも事実である。
一方で、人工的に地下100キロメートルのマグマに近い環境を作り、1500度近い高熱と大気圧の5万倍という圧力をかけることで原油の生成過程を再現する実験も行われた。これはテキサス州ヒューストンにある原油資源研究所のJ.F.ケネア博士が主導した実験である。その結果、原油の自然生成過程が徐々に明らかになった。このような科学者による実証研究が積み重ねられた結果、急速にピークオイル説は根拠を失うことになりつつある。」
げげ〜。以前も原油無機説のことは書いたことがあったけれど・・。この本では、その生成過程が明らかになった、とあるが・・ほんとなんですか〜。
投稿者 esaka : 02:49 | コメント (0) | トラックバック
2009年01月12日
●高橋洋一『この金融政策が日本経済を救う』
この本の前に、水野和夫『金融大崩壊』を読んで、頭が混乱する。大げさな言葉遣いは、一見派手だけれど、断定が論理的でなく、「・・の終焉」などと、「たいへんだ〜」と言いたいだけはわかる・・笑。

で、こちらは、わかりやすすぎるぐらい単純明快。
「日本経済の先行き不安の原因は、サブプライム問題ではありません。・・それは、06年から07年にかけての金融引き締めです。・・
・・変動相場制のもとでは、公共投資や減税などの財政政策は効きません。なぜなら、赤字国債の発行による公共投資→長期金利の上昇→円高→輸出減少・輸入増加という形で、公共投資の効果が、海外に流出してしまうからです。・・
ただし、この財政政策も金融政策と組み合わせれば、効果があります。なぜなら、金融緩和することで、円安に誘導できるからです。・・金融政策を行ってからその効果が現れるまで、ある程度の時間がかかります。・・このタイムラグがあるために、実際に効果が現れたときにはメディアを含む多くの人がしばらく前に行われた金融政策のことは忘れています。」
元財務省のいわゆる"埋蔵金男"だが、こういう考えをお持ちとは・・。これまで、リフレ派は、ネットでの声は大きい?が、マスメディアではあまり露出する機会がなく、たまに語られても、学者肌の人が小難しく思える説明をしがちで、多くの共感を得るに至ってこなかった。その点、「朝生」で見たこの方の経済学者という肩書きを持たない果敢さは、重要に思える。
しかし、さまざまな人がさまざまな論を展開する経済問題も、「量的緩和」の効果をどう考えるか、という点からだけでも、多くのエコノミスト、経済学者の立場をマップにして整理するとわかりやすいんだけど・・。
投稿者 esaka : 02:00 | コメント (0) | トラックバック
2009年01月05日
●竹森俊平『資本主義は嫌いですか』
この金融危機をどう考えればいいのか・・、何冊か目を通してみたけれど、またなんだか感情的な議論に巻き込まれているようで、よくわからない。
が、これはいい。バブルがどうして起きるのか。対処のしようはなかったのか。まさにジグソーパズルが、おさまるところにおさまっていくように、徐々に「サブプライム危機」の全体像が浮かび上がる。学究肌の経済学者に多い、構築的だけれどやや固い文というのが、著者の特徴だと思っていたけれど、今回は、構成もひじょうに読ませ、スリリングな展開になっている。それでいて、ただ自身の論をただ主張するわけでなく、世界の経済学者が、ここ数年、何を論じていたのかをさまざま紹介しつつ、ひじょうにバランス感覚もあるし、論理的でもある。

全体がしっかり構成されているので、なかなか一言で引用しにくいのだけれど・・
「「バブルの頻発」は世界経済全体の高い成長率を維持するために、経済システムの「自動制御装置」が働いた結果であった。高成長の維持が難しくなる局面に来ると、民間(特に金融機関)や政府が、さまざまな手段を動員して高成長の維持を図る。そのことが繰り返され、結果としてバブルが生まれた。・・「サブプライム危機」を契機に、今度は「自動制御装置」も根本的に調整し直されるだろう。バブルの発生に歯止めをかけるということに重点を置いた調整がなされるのである。その結果、バブルの頻発もさすがにストップする。その代わり、世界経済の成長率は低下する。これが第一部の結論のあらましだ。」
「要するに「根本問題」は、「熾烈な競争」、「高利潤」、「計算の出来る危険」という、同時に成立させるのが不可能な三つのことを同時に成立させようという無理な要求をそのものにある。「サブプライム危機」とは、その「根本問題」が生んだ結果にすぎず、「根本問題」そのものではない。」
「今回のサブプライム危機の日本にとっての政策的なインプリケーション(含意)は、90年代の不良債権問題で懲りて、銀行中心のこれまでの金融システムに代わる、市場中心の新しい金融システムを、日本の政府、金融関係者が追い求めてきて、ようやくその答えをアングロサクソン型のビジネスモデルに見つけ出したと思ったところが、そのアングロサクソン型のビジネスモデルにも重大な欠陥が発見されたということではなかろうか。現在、経済界や経済論壇に感じられるある種の脱力感は、「改革目標」の喪失ということから来ているように思われる。やはり、一つのシステム(日本型)を別のシステム(アングロサクソン型)に改めれば、問題が解決するほど、ことは簡単ではないのだ。」
というわけで、結論が、そう単純ではない、というのがこの手の良書のまさに良書たる所以。一見わかりやすいと思えるエコノミストの感情的な発言にひっぱられないようにするためにも、こうした分野の教養の底上げが必要だなと改めて感じる(自分のこと)。
投稿者 esaka : 01:17 | コメント (0) | トラックバック
●一川誠『大人の時間はなぜ短いのか』
日々感じている疑問・・。
ベースは、物理的実在と知覚体験は、異なる、ということ。そこで、いかに多くの錯覚にとらわれているか、ということが説明される。その中で、もっとも面白かったのは・・
月は地上近くにあるほと大きく感じられる、という現象。光の屈折によっておきるものと思っていたのだが・・、
「月の錯覚については、いつくかの有力な説明が存在している。 実は、これまでの多くの研究によって、視覚空間は扁平な構造をしていることが知られている。人間の知覚にはこのような特性があるので、垂直線は水平線より長く見える。」
!! びっくり。

で、歳を取るほど時間の経過が速く感じられる傾向の要因は、さまざま説明がされるが・・
「加齢が時間の長さの感じ方に影響を及ぼすことを示す研究は多い。現象としてはかなり安定したものといえる。ただし、この加齢効果の基礎にあるメカニズムはまだ特定されていない。心的時計や、新陳代謝の変化、注意の存在、注意の存在、ワーキングメモリーの機能低下など、様々な原因が考えられているが、こうした仮定の妥当性の検証や、これらの要因の間に相互作用における特性の理解については、今後の研究に委ねられているのが実情である。」
う〜む。ヒトの知覚がいかに、錯覚に満ちたものか、ということは理解できたが・・。まぁ、それだけでも十分楽しめたけれど。