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2007年05月20日

●外岡秀俊『情報のさばき方』

 最近、朝日に目を通してないので知らなかったのだが、外岡氏は本社の編集局長になっていたんだね・・。

 情報の収集、分析・加工、発信といったプロセスでの総合力=情報力をいかに高めるか、自らの経験を元に、丁寧に説いてくれる。長年の記者生活の自慢しようとすれば、いくらでもその手の話はあるだろうに、そうした話はまったく出さず、自らが若手の頃、先輩に言われ、そして自分で確認してみた具体的なノウハウが記されている。
 以前に比べれば、世間の評価も、営業的にも厳しくなっている「新聞」だが、こうした優れた記者が長年、しっかりとノウハウと経験を積み重ねてきた様を見てみると、改めて、その潜在的な力を感じることができる。確かに、ある種の特権を持った者としての奢りも、知らず知らず厚く見にまとっている、ということもあると思うが、まぁ、問題は、営業的なバランスということになるのでしょうか・・。
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「伝達装置」に裏打ちされていたかつてのようなマス・メディアの権威や影響力は、これからはどんどん低くなっていくでしょう。権威を重んじる人はいまだに、「ウェッブ上の意見や感想は、ゴミのようなものだ」といいます。たしかに経験や学殖を重ねた批評家や評論家にくらべれば、一人一人の「素人」の意見は、他愛ない独り言が多いように見えるかもしれません。しかし、専門家の「玉」と、素人の「石」を比べるのは公平とはいえません。素人の中にも「玉」はたくさんありますし、全体の「集合知」の総量を比べれば、ウェッブ上の方がはるかに豊かで可能性がある、といわねばなりません。
 それではメディアに将来はないのか。私はそうは思いません。ただし、これからは「権威」ではなく「信頼」が、メディアの影響力のバロメーターになるでしょう。
 人間の持ち時間は、どれほど便利になっても1日の24時間しかありません。人間の情報吸収度や咀嚼度も、技術の進展に比して飛躍的に高まるというわけでもありません。情報の量が増えるほど、メディアの種類が増えるほど、人は逆に厳しく情報の選択を迫られるという皮肉な現象が起きてしまいます。
 実はここに、情報力をもつ職業集団が今後も生き残る余地がある、と私は思います。かつてマス・メディアが果たしていた情報提供の役割は、IT革命時代にはどんどん比重が低下していくのですが、逆に膨大な情報の中から本当に必要な情報を選別し、検証したうえで、わかりやすく伝える、という役回りがそれです。」

 う〜ん、途中までひじょうに納得するんだけれど、最後の「本当に必要な情報を選別し」の部分はどうなんだろう。各個人にとっての「本当に必要な情報」を、これからもメディアは選別できる、と言えるんだろうか・・。

投稿者 esaka : 2007年05月20日 22:08

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