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2005年05月29日
Newsweekの謝罪
キューバのグアンタナモ基地でコーランが冒涜されていると Newsweekが報じてアフガニスタンやパキスタンが暴動が起きている。今週の Newsweekは謝罪と言い訳に四苦八苦。騒動の元になった記事は、日本版では掲載されなかった小さなものらしいが、今回は 5ページを割いている。 Newsweekの編集主幹やコラムニストが書いた記事よりも、第三者の立場で寄稿した英ガーディアン編集主幹のアラン・ラスブリッジャーのコラムのほうが面白い。 78年にワシントン・ポストのデービッド・ブローダーがピュリッツァー賞を受賞した際に行ったスピーチでこういったという。
「われわれは、次のことを何度でも繰り返して言うべきだ・・あなたちの家に届く新聞は、過去 24時間に私たちが聞いたことの一部について、部分的で性急かつ不完全で、必然的な欠陥を伴う、不正確な説明を施したものである。さらに、ラスブリッシャーは、こういう。
事実が大きくゆがめられないうよう最善の努力をしているが、1時間くらいで読めるように記事の内容を圧縮する過程で歪曲が生じる。新聞というものを正確に説明するなら、こう申し添えたい。私たちは与えられた状況の下で最善を尽くしました。明日、また修正を加えた最新版をお届けします、と」
「報道機関がメディアを支配していたころは、ミスが指摘されることは少なく、対応を迫られることは滅多になかった。だが、技術の進歩で状況は変わった。・・ジャーナリズムは完璧ではない、というある意味、当たり前なわけだが、それを認めるところから出発して、どうやって「価値」を構築していくのか、ということが問われる。人ごとじゃない、もちろん。
そこでわが社は、「読者編集者」というポストを設けた。独立した立場で記事の補足や訂正、批判などを紙面上で行うのが仕事だ。ただし、既存の読者や将来読者になる人々の信頼を得るには、報道プロセスをもっとオープンにする必要があるだろう」
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2005年05月26日
●藤井耕一郎『幻の水素社会』
光文社ペーパーバック、2冊目。このシリーズ、英語混じりの「4重表記」というのが大きな特徴。だが、同じ4重表記でも前に読んだ時からは、少し変更を加えたようだ。以前は、日本語の単語に、英単語をつけ、さらに日本語や英単語の上にカタカナでフリガナをつけてあって、いつカタカナがついてくるのかという基準もまったくなかったので、かなり読み手の思考を度々寸断させてくれたのだけれど、今度は、日本語+ときどき英単語、のよりシンプルな形に変わった。以前よりは読みやすい・・。
で、こちらは、「水素社会」なんか簡単にはやってこない、と主張が、ときどき本筋とは関係ないところまで、当たり散らしながら強引に進む。ひたすら感情的にエコを叫ぶ者へのカウンターとしては意味があるのかもしれないが、結局は重要なのは、何がどれほどわかっているのかということを精査しながら、科学的に分析していくしかないのだ。両極端に振れてしまっても、これまた意味がない。しかし、石油の価格が少し上がっただけでも、産業界が大騒ぎしているわけだが、エネルギー問題は、社会に与える大きすぎる。明るい水素社会は、すぐにはやってこないだろうが、このまま石油に依存していてもかなりヤバイとは、誰もが思っていること。次のステップへの移行をどういう形で、どのくらいのコスト負担で進めていくのか、ということなのだから、今から多くの可能性が検討されるというのは決して間違ってはいないと思うのだけれど。
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2005年05月22日
投稿者 esaka : 14:16 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月21日
●エリ・ノーム「テレコム・メルトダウン」
『テレコム・メルトダウン』から。本のタイトルになったエリ・ノームの文からメモ。
「通信産業における本当の問題は、バブルの拡大と崩壊という現象がもはや異常事態ではなく、むしろありふれたできごととして慢性的にくり返されるような不安定時代に突入したことにあるのだ。自由化、規制撤廃、競争から整理統合、提携へ・・。
問題は低需要ではなく、過剰供給に基づく低価格にあるのだ。」
「だとすると、通信企業は当面、何をすべきなのか。教科書的な回答をするならば、コストと価格をともに下げるということになる。しかし、こうした戦略はすぐに競争相手に追いつかれ、どの企業もさらに悪い状態に陥ってしまうに違いない。
したがって、主要な戦略は価格を競争レベルよりも引き上げることになるはずだ。収益性も将来の投資も下げてしまうような競争と低価格の商品化は今後減らしていかなければならない。そうするためには市場支配力が必要だ。また少なくとも、通信事業者間や、ケーブル事業者、無線キャリアなどの関連プラットフォームとの間で、協力的カルテルまたは特定市場における少数独占も必要となる」
日本でも、これから(すでに?)度々引用されたりするんだろう。
投稿者 esaka : 00:45 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月18日
●町田徹『巨大独占』
藤井耕一郎『通信崩壊』とは、まったく逆の視点。まず、‘競争’ありき。しかし、そこには、技術の趨勢を判断したり経済学的正当性を探る視点はない。ひたすら個人間の根回しと政治の描写だ。たしかに、こうした一面があることは事実で、結果として影響も絶大なのも確かだろうが・・疲れる。まぁ、個人的嗜好だけど。『テレコム・メルトダウン』読み直さないと・・。
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2005年05月17日
●佐伯啓思『倫理としてナショナリズム』
同列にありながら、一歩というか半歩?づつ前進する著作が続々と出される感。半歩でも前進?してるからいいか。いつもながらの渦を巻いて展開していく論理は楽しい。
1章の「「自由」と「平等」のゆくえ」から。
「「自由」や「平等」は、工業社会におけるような物的な効用の次元で定義されるのではなく、またリベラリズムのような諸個人の主観的な不可侵性として理解されるのでもなく、様々な共同社会体における「活動」とのかかわりで定義されよう。それは「活動」において得られる他者からのレスポンス(是認、承認、評価)として理解されるだろう。共同社会体における活動への責任あるコミットとして「自由」は捉えられ、また、是認の相互的な対等性として「平等」は理解されると言ってよかろう。ポスト工業社会を特徴づける重要な可能性があるとすれば、それは情報と市場のグローバルな競争というよりも、それが様々な人々の共同の交わりや企てを可能とする点にこそある。このような価値観への共同の参与を不可避ならしめる「活動」において、新たな「自由」と「平等」の倫理的基礎が生み出されるものと考えておきたい。」
4章「倫理としてのナショナリズム」から。
「・・経済的グローバリズムのもたらす没倫理的、脱規範的意識と、民族的・宗教的ファンダメンタリズムのもつ排他的で閉鎖的な超規範意識のどちらもが、今、国民国家に対する脅威となっている。だがそうだとすれば、むしろ国家こそが、この両者に間にあって、むしろ歴史的健全性、つまりある種のコモン・センスにその土壌をもつような規範意識を可能とする存在と言うべきではないだろうか。最近は、「公=コモン」について語る人が増えているわけだが、あえて「ナショナリズム」とはかなり果敢。それにしても、『自由とは何か』で語られていた「両極端を排することによって、適切に「信じる」こと」の先に、「ナショナリズム」があるとは・・。これからどう展開するか、ひじょうに楽しみ。
ここで誤解を恐れずに言えば、「ナショナリズム」こそが、グローバリズムとファンダメンタリズムの間で保守されるべきものだと考えたいのである。むろん、ナショナリズムなどもはや時代錯誤だという今日の大勢の見解は承知の上で述べていることである。」
投稿者 esaka : 01:54 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月15日
投稿者 esaka : 02:15 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月08日
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2005年05月07日
●竹内繁樹『量子コンピュータ』
量子コンピュータについて‘できるだけわかりやすく解説した本’というのを2冊読んだが・・よくわからない。で、今度はブルーバックス。
「これまでのコンピュータでは数百億年やそれ以上といった莫大な計算時間を必要とするようなある種の問題を、量子コンピュータを用いると、わずか数時間で解ける可能性のあることが、1994年にショア博士によって理論的に示された」これまでの本よりはわかりやすかったが、量子力学の基本的な考え方がしっかり把握できていないので、結局その部分はブラックボックスにしたまま・・泣笑。
「量子コンピュータは、「ビット」を0と1の量子力学的な重ね合わせ状態をとることができる「量子ビット」に置き換えることで、超並列計算を可能にするというアイデアだった。
近年、「ビット」を「量子ビット」に置き換えることは、単に計算だけにととまらず、通信など、もっとさまざまな分野に展開できることがわかってきた。量子コンピュータの周辺に広がる、その広大な分野を総称して「量子情報」という言葉が使われている。
中でも重要な応用が「量子暗号」だ。これは、量子力学の不確定性原理を応用することで、絶対に盗聴不可能な秘密通信を実現するアイデアである。」
投稿者 esaka : 21:59 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月06日
●藤井耕一郎『通信崩壊』
休みなので、日本の通信分野の規制緩和についておさらい。
「日本の通信分野に競争政策が導入された理由は、「公式な答え」としてはWTOの加盟国の話し合いで、音声電話サービスなどの「基本電気通信分野」における自由化の合意に達したからだということになっている。合意の成立は1997年だが、自由化の話はWTOが設立された95年より古く、86年にGATTのウルグアイ・ラウンドがはじまったときから継続されている。」アメリカの『テレコム・メルトダウン』ではないけれど、「独占は本当に悪なのか?」という視点。当然、独占による非効率を問う逆の視点もあるだろう。その判断を下す前に、とりあえず、アメリカからの圧力、NTT分割、IT戦略会議、規制緩和の流れは再確認の必要ありだ。
「・・通信自由化は、ネットワークをアンバンドルして開放することと、独占的事業者に対する「ドミナント規制」を二つの柱に位置づけている。後者のドミナント規制は、「独占的事業者に対しては厳しい規制、非独占的競争事業者(新規参入者)に対しては大幅な規制緩和」のかたちがとられる。両者に対する規制はアンバランスだから、「非対称規制」と呼ばれる。
ところが、この「非対称規制」の概念の使われ方が、日本とアメリカで一緒かというと、これが同じではないのだ。・・
・・日本では、「非対称規制」の概念がほとんど「ドミナント規制」の実施だけに限定されてしまっており、その結果、NTTのシェアを下げることが自体が目的となっている。なぜ、そんな解釈になってきたかを考えていくと、その裏にはNTTと競争関係にある企業による「ロビー活動」があったからだとの結論しか引き出せない」
投稿者 esaka : 02:38 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月02日
東アジア共同体構想 vs アメリカ
昨日、サイバースペースでの中国とアメリカのせめぎ合いについて書きながら思い出した、「東アジア共同体構想に反対 アーミテージ氏会見」というニュース。(asahi.com)
昨年5月に東アジア共同体評議会というシンクタンクのネットワークができていて、会長は中曽根康弘。以前書いた、FTA新時代、日韓FTAはこの流れにある。
東アジア共同体構想は、アメリカの政治・経済のスーパーパワーや拡大するEU圏への対抗が目的ということで、中国・日本の思惑が一致しているのだろうが、その一方で中国では(対外的には日本もか)ナショナリズムのうねりもあり、すぐEUのようにというわけにはいかないんだろう。それにしても、中国の外交政策というのはなかなか一筋縄ではいかない。
投稿者 esaka : 15:13 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月01日
投稿者 esaka : 02:06 | コメント (0) | トラックバック
●原田泉・山内康英編著『ネット社会の自由と安全保障』
中国では、メーデーで予想されていた反日デモも厳戒態勢で抑え込まれたようだ。今回の反日デモは、ネットで呼びかけられ、ケータイで広がったというのが大きな特徴だが、その沈静化にあたっても、政府からケータイに直メールが送られたという。中国政府がどのくらいネットを管理しているのか興味があるところ。
この本は、911以降大きく注目されることになったサイバーテロへの対応とプライバシーや言論の自由について、アメリカ、中国、日本の状況を総覧。中国編は、表面的な情報に終始していて期待したほどではなかったが、原田氏の序文が問題点がコンパクトにまとめられていて面白い。中国関連の箇所をメモ。
「現在中国では、ヤフー社など多くのインターネット・コンテンツ・プロバイダーは、同国で事業を進めるにあたり、・・中国政府の行動規範に同意させられている。中国政府が禁止しているコンテンツは、政府や社会主義システムを脅かしかねないあらゆる情報、デマの拡散、少数特権階級中心の俗説の奨励・・などである。このほか、中国ではさまざまなブロック技術を使ってインターネット検閲を行っているといわれている。欧米ではそれを総称して「万里のファイアウォール」と呼んでいるが、米国のランド研究所の調査報告書によると、中国政府はウェブサイトだけではなく、検閲回避に使用できるプロキシサーバーまでブロックしているという。中国対アメリカの駆け引き凄いな。
こうした状況に対し、米国の国営放送VOAのニュース・宣伝部門が、中国にいるウェブ利用者に向け、中国政府が定めたネット上の「万里のファイアウォール」を乗り越えるためのソフトを開発した。また、米国では、新しい政府機関「Office of Global Internet Freedom」を創設し、今後2年間で1600万ドルの予算を拠出するという内容の法案を2003年7月16日、米下院で可決して、中国やミャンマーなど他国の政府が行っているとされるインターネット検閲の阻止を目的とした技術開発に使われるという」