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2005年03月24日

●北田暁大『嗤う日本の「ナショナリズム」』

「‘現在’がどんな時代なのか」を的確に捉え、鋭く分析した評論や、その時代感を的確に表現したアート作品が、ここ数年、少なくなっているように感じるのは、僕の勉強不足なんだろうか・・。それは評論家やアーティストの側の問題ではなく、それだけ今を捉えるのが困難な時代なのだろうという気がする。
で、この本はその困難な課題に挑んだもの。2003年冬に『世界』で掲載された短い論文が元になっている。その論文にはなかった70年代初頭にまで遡って、現代の若者の‘アイロニカルな感性’の変容の過程を追う。その大胆に簡略化された図式は、わかりやすい。大塚英志、東浩紀、宮台真司の最近の作業への北田氏なりの回答なのだろうな。

「嗤う日本の「ナショナリズム」は、たんなる保守化・右傾化の徴候ではないし、また端的にベタ化でもない。したがって、左派的イデオロギーの復権、アイロニー精神の回復といった処方箋は、たぶんそれほど意味をなさない。(注内:だからといって、「左/右の対立にとらわれない健全な政治意識が育ちつつある」というわけでもない。むしろ、「左/右の対立にとらわれない」「現実主義」という新たなイデオロギーが醸成されつつある、と考えるべきだ。)
 いや、本当に処方箋を必要としているのは、じつは、医師(のつもりでいる人びと)のほうなのかもしれない・・。歴史なき時代において、ということは処方箋=思想が敗北すること──スノッブ的否定の対象になること──を宿命づけらえた時代において、それでもなお絶望せずに思想を語り続けること。この本の記述が、そうした蛮勇を動機づける契機となってくれることを願っている。」

投稿者 esaka : 2005年03月24日 01:29

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