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2005年02月19日
「嗤い」テイスト
1月末に、カタールでサッカーU-20代表の試合が行われていたのだが、日本ではまったく放映されていなかったので、仕方なく韓国のテレビ局のネット中継を見た。結果は、決勝で韓国に0-3で大敗したのだが、そこで印象に残ったのはCMだ。ネット用というわけではなく地上波向けCMがそのままネットでも流されていたのだと思う。自動車やパソコン、清涼飲料水などのCMが多く、最新のCGを使っている感じで、全体的にけっこうカッコイイ。が、日本のそれとは、ちょっと印象が違うのだ。何が違うのか、観ていた時はよくわからなかった。それから、あらためて日本のCMを観て気づいたのが、ダイレクトなカッコよさから半歩引いた「嗤い」の感覚の多用だ。確かに、あまりに「カッコイイ」のは恥ずかしい。
こうした感覚が、日本では広く共有されるようになったのはいつ頃からなのだろう。直接的には、お笑いブームを背景として醸成されたとも言えるだろうが、2ch内での共有感覚を見てみても、何かダイレクトなコミュニケーションを避けるための緩衝剤のようなものとして「嗤い」に傾いている気がする。
で、昨今、コンテンツの輸出が話題になることが多いが、この「嗤い」の感覚は、海外で受け入れられるんだろうか・・。ジャパニーズ・モダンの中心に位置づけられるテイストは、「カワイさ」の次に、「嗤い」じゃないかな。
投稿者 esaka : 2005年02月19日 02:32
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