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2005年01月27日
●橘玲『雨の降る日曜は幸福について考えよう』
以前から伺われた「リバタリアニズム」的主張が、ここでは前面に押し出されている。良識とされているものからは逸脱しているのだが、極めて「正論」で、ある種爽快。
「自己責任は自由の原理である、私たちが国家から自らの権利を守るための大切な武器である。人は自由に生きる方が幸福だ。そう考えるならば、国家に必要以上の「義務」を負わせてはならない。橘氏の主張そのもの、というよりも、思考のパターンに共感する。書き下ろし執筆中と聞いたけれど、次の展開が楽しみ。
これまで日本人は、国家に対して母親のような役割を求めてきた。国家を批判する人ほど国家の「義務」を声高に語るが、その過激さは彼らの忌み嫌う「国家主義者」と瓜二つだ。
より多くの義務を負う国家は、国民の私生活へのより大きな介入を正当化できる。私たちが「自己責任」を生きなければならない理由はここにある。
「国民を保護するやさしい国家」ほど危険なものはない。自由な社会は、国民に対して均しく冷淡な国家からしか生まれない」
投稿者 esaka : 2005年01月27日 01:27
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