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2004年04月11日
●黒崎政男『デジタルを哲学する』
98年から2000年まで朝日新聞の夕刊で連載されていたコラムをまとめたもの。
「カラオケというテクノロジーが、実に上手く歌を歌えるシロウトを大量に生み出しプロ歌手とシロウトの垣根を崩し、結局は、テレビやラジオの多くの番組を担ってきた歌謡曲番組が、ほとんど変容・消滅し、栄光のスター歌手たちは消えていった。
今日のインターネットというテクノロジーによって、文章を発表・公表する、という局面でも、同様の事態が起こっていると言っていい。」
「書物メディアに立脚した従来の学問は、<独占>と<タイムラグ>を特質として成立してきたが、今後ますます強力になるインターネット情報は、それとはまったく正反対の<解放>と<同時性>という特質を持っている。・・
印刷書物テクノロジーが、固定的で標準的な同一テキストの大量生産を可能にし、<一対多>の啓蒙的教育システムを成立させたのであれば、インターネット・テクノロジーは、権威の終焉や規範的テキストの解体を成し遂げながら、集団的著者性や新たなネットワークをもたらすとも言える・・・
こんな状況で、大学とはいったい何か。
「情報の量や速さをいたずらに追い求めるのではなく、情報を見極める判断力や、断片的知識の寄せ集めから統一的意味を見いだす洞察力を身につける」
まっとうではあるが、歯切れの悪いこのような言説しか、今日の大学人には残されていないのかもしれない。」
掲載媒体の性質もあってか、とても読みやすいし、投げかけられた議論も面白い。さらに突っ込んだ展開は、次の著作に期待、というところか。
投稿者 esaka : 2004年04月11日 15:19
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