2011年05月22日

●池澤夏樹『やさしいオキナワ』

先日、沖縄に行ってから、沖縄のことが気になる。通り一遍の観光で大した旅行ではなかったし、現地の方とそう交流したわけでもないのだが、東京にいるのとは何か、確かに違う空気を感じ、それが何なのかと考えさせるのだ。
というわけで、沖縄の魅力の取り憑かれた先達、池澤夏樹氏の本を読む。

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「なぜ沖縄の人々の顔に惹かれるのか。彼らが正しい生活をしているからだと思う。その裏には、前に書いたように架空都市東京の宙に浮いた生き方がなんとなく日本全体の主流になってしまって、誰もが中がすかすかのまま外側だけを飾って生き方をしているということへの反発がある。」

この本は、移住前の94年に書かれたものと移住後の97年に書かれた2つの文章が収められている。前半は沖縄へのオマージュが熱く語られているが、後半は、そのあたりの熱がやや落ち着きつつも、より深く沖縄に立ち入った形だ。

「こういう沖縄社会を支えている沖縄人のもっとも重要な性格は何か? ぼくはずっとそれを考えてきて、どうやらそれは一人一人が自分でものごとを判断しているせいではないかという結論に至った。

自分の頭で考える。自分の中にある基準で判断する。他人と自分を比較しない。だから周囲が言うこと、世間が行っていること、法が決めたこと、先例として残っていることは誰にとっても参考条項でしかない。

五百年に亘ってヤマトからいじめられ、利用され、差別されても、まだ本土復帰から二十五年を経た今も県民の平均所得を見れば全国でもっとも下でありながら、やはり日本全体でいちばん元気で、風とおしのよい、明るい社会を維持している。」

池澤さんの南方紀行としては、「ハワイイ紀行」なども好きだけれど、楽園を求めたハワイ紀行とは、沖縄のそれは、同じ視点ではいられないものだろう。同じ日本国内で、より関わりが近く、そして、その関わりは、アメリカ軍基地など現在も進行形の問題として、考えざるを得ない。
それでいて、強烈に東京的なものとは異質でありえていることは確かで、国内ではそのためにとても貴重なのだ。
東京的なものを否定し、沖縄を非東京的な存在として、憧れることは簡単なのだが(そうしたい気持ちも強いのだが)、架空都市東京の生活をただ否定してオルタナティブを探すことが解決先に近づくのかという思いと、沖縄のことを知ればしるほど、結局、"観光者”として触れるしかないのではないのかという思いが募る・・。

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2010年03月01日

Twitter機能付きベネトンのケータイサイト

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こちらについては、こっちのブログに書きました。そろそろブログも一つにしようかとも思ってるけど。

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2010年01月03日

●矢部孝/山路達也『マグネシウム文明論』

山路さんには、前からお話をうかがっていたので、楽しみにして読む。ひじょうに面白い。

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海水を太陽熱を使って淡水化し、その過程でマグネシウムを取り出し、これを太陽光から作り出したレーザーで精錬し、燃料として利用する。自動車にはマグネシウムを利用した空気電池。燃えカスは、またレーザーをあててリサイクル・・という驚くべきエネルギー循環。

そしてすでに、このサイクルの要の技術の、海水を大量に淡水化する技術(よく知られた逆浸透膜方式ではなく)はビジネス化していて、太陽光からつくられたレーザーで精錬する技術もすでに現実化段階だという。

水とエネルギーと温暖化排出ガス削減、というこれからの人類の3大課題が一気に解決できるという、まさに壮大なプラン。壮大でいて、これまで代替と言われていた、燃料電池、水素、風力・・よりも、圧倒的にクリアしないといけない障害がすくないように思える。理念優先でなく、科学的研究の成果を、活用の場を探して行くことで、徐々にエネルギー循環の環がつくられたのも、ひじょうに好感が持てる。いやぁ、これまで、あまり知られていないのが不思議なほど。

循環サークルの最初の出発点の、太陽熱を使って海水の淡水化技術については、特許の問題もあるのかあまり詳細に説明されていなかったけれど、これだけでもひじょうにインパクトのある話だ。

あまりに壮大すぎて、問題はないのか? と疑ってしまうが、少なくとも今後の情報に注目したくなる。注目すべきでしょう。希望を託したくなる話を久々に聞いた感すらある。

『TIME』で2009年の Heroes of the Environment に選ばれたというが、日本での認知を一気に拡げることになるのは、やはり外からになるのかな・・。

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2009年12月30日

●三橋貴明『経済ニュースの裏を読め!』

中小企業診断士の資格を持ち"企業の財務分析で培った解析力をマクロ分析に応用する"という著者のよるデータと図解豊富な日本経済分析。経済学者による経済学ベースの分析でも、証券業界のエコノミストによる"市場の常識"的発想でもないところがユニーク。日本銀行や財務省、IMFのウェブから誰でも手に入れることができるデータをもとに図表を制作し、そこから結論を導きだす方法は明快。そして、導きだされた結論のいくつかもメディアで伝えられる「常識」とは異なっていて目を引く。

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・メディアが騒いでる日本の公的債務は、他国と比べて特に著しく増加しているわけではない。それに対し、公的債務対GDP比率は、ここ15年、G7諸国の中で唯一悪化している。
・日本の貿易黒字は、対GDP比で0.8%。数値的に見れば日本は内需立国。
・日本の就業者の過半数は、円高によりむしろ恩恵を受ける可能性が高い。
・人口減少が必ずしも、経済の低迷を引き起こすとは限らない。95年以降、ロシアは毎年80万人以上の自然減が続いているが、年平均6.75%の成長。
・02年から07年までの"好景気"時、給与所得者数が微増し、給与総額は減少。
・日本の公共投資は「絶対額」でも「対GDP比率」でも減り続けている。しかし、まだやるべき事業はたくさんある。
・大切なのは「変化に俊敏に対応すること」で、政府の大小ではない。
・フロー(GDP)に財源を求める景気対策は有害。
・日本の金融資産の6割は60歳以上が保有している。が、高齢者世代の世帯内でも、大きな隔たりがある。同世代相互扶助の考え方が、最も適切な解決策の可能性が高い。
・バランスシート不況下での緊縮財政は傷口を拡げるだけ。
・日本の個人消費は5年連続で増加を続けている。
・「所得格差は広がっている」はウソ。IMFが主要国のジニ係数を発表。世界的にも大きくはない。
・国債の94%が「国内」で発売され、さらに国外に販売した分も100%「日本円建て」の日本政府が破綻する可能性はゼロ。

う〜む。「バランスシート不況下」あたりに飛躍と断定は、意見の異なる経済学者の方も多いと思うが、プレゼン手法のわかりやすさは貴重かも。

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2009年11月14日

Newsweek日本版のiPhoneアプリ発売中。

Newsweek日本版のiPhoneアプリ版を出す。マガストア内で。今週で3号目。

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ビューワーは、まだ改良の余地がある思うけれど、テキストオンリーがあるのはなかなかいいのでは。その制作に余計な手間がかかるけれど。
今のところ、定価を紙版より100円下げて350円。広告面以外はすべて掲載。
この展開は、これに止まらず、あんなことになったり、こんなことになったりするはず・・笑。いっぽう、あっちやこっちのバランスも考えないといけなかったりと、ビジネスとしての出版のトライ&エラーは大きく動き出したばかり、というところか。
そちらは、また別に機会に、ということで。

こちらで、お買い求めを〜。宣伝失礼。

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2009年10月25日

ミケランジェロ/メヂチ

しばらく写真学校に行って、写真の基礎の基礎をお勉強。その間の宿題の成果をちょっとご紹介。
以前は、写真も見る専門だったけれど、最近はなんでも自分でやってみることに楽しみと意義があるように感じている。
Flickrのほうに大判を載せた。

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カレーの市民

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マカオ

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マカオ

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マカオ

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マカオ

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マカオ

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2009年07月04日

「スタジオ・ボイス」休刊

2日、「スタジオ・ボイス」が休刊することになりました、とインファスのTさんより電話をもらう。「先輩たちの作ったSVを止めることなって、すみません」。すでに、ボイスを離れて、14年、そんなふうに考えてもらっていたことに驚く。その話を聞いたときには、それほどの感慨もなかったのだが、3日になり、各社のニュースサイトで報道や、Mixiでの投稿を見て、自分で認識していたよりも、その存在は大きかったのかなと思う。

思えば、89年、コリーヌ・ブレ編集長時の6ヶ月間で、コスト増(毎号、海外取材だし)と部数低迷は限界に来ていて、社から「最後に、おまえらの思うとおりにやっていいよ。ダメだったら、あと2号で廃刊」と言われて仕切り直した雑誌が、その後、20年も存続し、その休刊がメジャーメディアで報道されるまでの存在になったということが感慨深い。

SVは、「サブカル雑誌」と認知されているけれども、僕としては、そうした意識はまったくなくて、「エッジ感」さえ担保していれば、どんな分野のことを、どんな切り口で、どんな形式で作っても"SV的"として成立する、器の「幅」のようなものはできていたはず・・。

近年のSVが、僕らが作った20年前と依然同じ枠組みから離れられずにいたのは、残念にも思えたけれども、僕らが、それ以前のSVを好きだからSVに参加したわけではないのに対して、近年の編集者の方は、SVが好きだったんだな、と思う。

近頃のSVはつまらないとか、批評家めいたことを言うのは簡単だが、未だコンテンツ制作業に身を置くものとしては、自身の制作物で何かの解答を出し続けるしかないだろう、という気持ちもあった。

昨年、またやらないかと強くお誘いをうけたが、ちょうど新しい活動をはじめたところでもあったので、お断りをさせていただいた。20代後半から30代前半、ほとんど休まず、生活すべてを注いだ、かつてのようなエネルギーが今あるかというと、それも自信がなかった。こうなってみると、今、僕だったらどういうSVを作っていただろう、と考える・・。それは、もちろんウェブでもないわけで・・。

知人の知らせで、Mixiの投稿を読んであらためて、「影響を受けていた」という人が多いことに驚く。高飛車で、わけのわからない、読みにくい雑誌に、お金を出して手にとってくれた方々に、あらためて感謝したい。
また、SVを一緒に作った当時の仲間、いつ支払われるかわからない原稿料にも関わらず協力してくれた執筆者の方々にも、なにか戦友のような感覚がわく。インファスのT氏は、あくまで「休刊」ですからというが・・・これまで存続させてきたスタッフの方々、お疲れさまでした。

そういえば、
「マリ・クレール」も廃刊だという。こちらは、下っ端として関わっていた中央公論からは、出版元も代わり、内容もまったく変わって、別の雑誌になっていた時期が長いので思い入れはほとんどない。
何の因果か、当時の同僚(その後、カメラマンとして活躍したSさん)が若くして亡くなって、今日は四十九日の法要。お互いお世話になった安原顯さんも亡くなってもう5年だ。

時は流れ、社会状況は変わって、メディアに対する立ち位置は変わるが、久々に編集業としての原点を思い出した。

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2009年05月17日

ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

5/11日に、ニューズウィークの新サイトをなんとかオープン。

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これで、去年から、フィガロジャポンe-daysにつづいて3つ目のサイト。

それぞれウェブサイトとしての基本的なコンセプトがまったく異なっている。読者対象やウェブの構成といった表面的な違いというよりも、紙媒体との連携の仕方、広告取得の方向といったビジネス面でのことだけれど・・。まぁ、始まったばかり。

・・11日の朝、ぎっくり腰に。連休中に久々に山に登った時から、腰に違和感を感じてはいたのだが、テーブルで新聞を読んでいる途中、突然、ピキピキ!!!! 奇声を発して、椅子から崩れ落ちて、床に仰向けに。まったく動けない。異変を感じたネコさんが、顔のまわりを歩きまわる・・笑。

仰向けのまま、30分ほどかかって1メートル移動。ケータイとPCは上の階。仰向けのまま階段をずりあがり、なんとかケータイまで。会社に連絡。10時からオープンなんだよ〜。

それからは、ベッドに横になりながら、iPhoneでメールとウェブをチェック。昼前にはiPhoneのバッテリーが切れるが、ベッドからまったく身動きできない。トイレをどうするか焦る・・。
そんなこんなでしたが(笑)、翌日は、なんとか社会復帰。

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2009年04月26日

●岩田規久男『世界同時不況』

また岩田氏。半年ほどで3冊目? 当たり前だが基本的には同じ考え方が、少しずつ深みや対象を変えて展開されてきた。

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ここでは、1930年代の世界大恐慌と昭和恐慌を振り返り、以下のような展開。

「米国がデフレの脱出に成功した後に、大不況を終焉させたのは、戦時の財政支出の増加ではなく、欧州からの金の流入の結果生じたノーマルな記事を大幅に上回る貨幣供給量の急速な増加であった。

「2009年3月はじめ現在の各種経済統計から判断して、今回の不況は昭和恐慌以上の激しさである。しかし、日本銀行の政策を見ていると、それほどの危機感はないようであり、高橋財政に学べといっても、日本銀行はそれに学んで動きそうにない。
 この状況に至っては、政府は早急に、時限的に、財政法と日本銀行法を改正して、景気が回復するまで、国債の日本銀行引き受けを実施すべきである。その際、高橋蔵相亡き後のように、国債の日銀引き受けに歯止めがなくなることを防ぐためには、インフレ率に3%程度の上限を設定すべきである。」

これだけ読むと、素人からすると論理的には穴がないように読めるが、こうした考え方が、多くの経済学者やマスコミの中で大きな勢力になっているようには見えないし、どれほどの影響力を持ちつつあるのかもわからないのが虚しいところ。

経済学者の意見がいかに実際の経済政策に反映されるか、というルートがわかりにくく、たとえ経済学者の主調が行われたとして、それが実際の政策に何か影響を及ぼすものかどうかもよくわからない。また、政党間で経済政策の違いがそれほど明確なものでないので、一個人の唯一の選択参加手段の「選挙」が経済政策選択の場になっていないことも、虚しさを感じさせる要因だ。一個人の生活に大きく影響を与えるはずの経済政策の選択が、とて〜も遠いもののように感じるのだ。

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2009年04月25日

●竹中正治『ラーメン屋 vs.マクドナルド』

エコノミストが、アメリカ在住時の実際の経験をもとに日米の文化のそれぞれの特徴を、通説を覆して、独自の論を展開する。

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大統領は希望を語り、総理大臣は危機を語る。アメリカ人は対面でディベートし、日本人は匿名でブログする。日本にビル・ゲイツはいないが、小金持ちはたくさんいる・・。
それぞれ面白いし、論理的でもあると思うが、エコノミストとしての体験談と、日米文化論と、軽めのコラムが混在していて、一冊の本としては惜しい感じ。 編集の問題か?

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2009年04月19日

●色川武大『うらおもて人生録』

・・ということで、阿佐田哲也より純文学色が強い本名・色川武大 名義の本をいくつか読む。その中では、『うらおもて人生録』が楽しめた。

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西部邁による文庫版の解説から。

「・・は、非行の天才の手による劣等生向けの教育書である。……著者の「どろどろの体験」にさりげなくもとづきながら、劣等生が「生きていくうえでの技術」を「自分なりのセオリー」として「身体にしみこませる」ことができるように諄々と説いている。……「人間なり、世間なりのレベルは手ごわい」こと、そして「真実というものは、二律背反の濃い塊りになっている」こと、これらの事柄を知るのは魂の技術によってであり、ひとたびこの技術を習得すれば、劣等生にも非行者にも魅力的な人生がありうるのだと著者はいう。
 魅力とは「自分が生きているということを、大勢の人が、なんとか、許してくれる」ようにさせるような力量のことである。好むと好まざるとにかかわらず勝負を基調にする世間において、ひとます敗者の地位にある劣等生は、優等生には易いこの許しを獲得するために、悪戦を強いられる。迂回、沈潜、飛翔をとりまぜて動員しなければ、「これを守ってきたからこそメシが食えてきた、そのどうしても守らなければならない核」としての「フォーム」に達することができない。この「たたかいのしのぎ」を教えてくれたのは、著者にあっていうまでもなく博打場である。
「運の通算はゼロになる」こと、そうであればこそ「運をロスしない」こと、「大負け越しになるような負け星をさけていく」こと、つまりは「九勝六敗ぐらいの星をいつもあげる」こと、こうした様々なセオリーを、「原理原則は愛嬌のないものだ」と知りつつ、わからなければならない。……「苦を自分でひろっていく」こと、「ひとつ、どこか、生きるうえで不便な、生きにくい部分を守り育てていく」こと、つまり「洗練された欠点」を身につけることが大事であって、負けまいと踏ん張ってばかりいれば、怪我をする。
 しかし、・・非行者はどうすれば「わかる」のであるか。実行はむずかしいが、その原理は簡単である。当たり前のことを憶えていればよいのである。「大勢の人たちに関心を持つ」こと、・・そしてなによりも、「人間とは愚かしくも不恰好なもなり」と知ったうえで、「大勢を好きになることで、自分の感性の枠を拡げる」ことを忘れなければよいのである。
 「人を好きになること、人から愛されること」、著者の味わってきた熾烈な人生のしのぎは会いを前提にしている。照れ性の著者にかわって照れずにいえば、人生のうらおもてに愛をつらぬけ、これが本書の主調音である。・・・・
 人生論はいまどきの流行ではない。いわゆる「知」とかが人生や体験をこのうえなく侮蔑し、人生なしの芸術、体験なしの知識が言葉のショー・ウィンドウに並んでいる。今の時代の優等生とは、このガラスのなかの陳列競争の勝者ということであり、これが時代の本線である。著者は劣等生にたいして、「本線とはちがうコースがみつかるといいんだがね」と静かに誘いかけている。」

 経験に裏打ちされた、ひとつひとつの言葉の重みに驚く。単純な言葉の裏に、そこまで至った経験の熾烈さを想像させて圧倒される。近頃は、MBA出身者などによるライフハック的仕事術が大流行りだが、あの薄っぺらさが際立つ。こちらこそ、まさに真のライフハックと言えるかもしれない。

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●阿佐田哲也『新麻雀放浪記』

ケータイサイトでマネックスの松本大氏が「経済の本質をつかむ本」として阿佐田哲也『新麻雀放浪記』を勧めているのを見かけさっそく手に取る。

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松本氏の解説は、

「金融や投資、マネーを考えるといった時に、欲や運というのは常に考えておくべき、基本中の基本です。この本はとくに”運"──”ツキ”を追求し、あらゆる角度から書いている。といっても、説明めいた内容ではなく、あくまでエンターテイメントとして愉しめる小説。”ツキ”の特性を掘り下げている希少な一冊であり、投資やビジネスを考える上でもためになる本ですね」

欲というのはわかるが、運を考えるのが金融を考える上で基本中の基本、という考えに驚く。
阿佐田哲也は、これまでいろいろな人に勧められてきたのだが、なぜか読んだことがなかったのだ。いったん嵌まると徹底的にやりがちな自分を質を考えて、ギャンブルに関わる情報は、できるだけ避けるようにしていたのかもしれない。
で、『新麻雀放浪記』は、さすがに面白く、う〜ん、危ない予感・・笑。

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2009年03月15日

●澤柳大五郎『ギリシアの美術』

ギリシャ美術の入門書を探すが、なかなか適当なものがない。こちらは、1964年に出されたもの。まさに、岩波新書の古き良き時代の雰囲気が漂う。たしかに、入門書ではあるのだが、さすがに40年以上も前となると、西洋美術の実物を目にした、ということそのものが大きな意味をもっていて、今となっては辛いところも多い。ローマをロマと綴ったり、表記の違いもけっこうあって、その点は新鮮ではあるが・・。
逆に、現代の一般的な表記と異なる出版物をまだ刊行している(手にしたのは2002年発行21刷)ことにも驚く。

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2009年03月14日

e-days

昨年、引き継いだ大人のための音楽とライフスタイル情報のサイト「e-days」をようやくリニューアル。滝本誠さん、大場正明さん、高橋靖子さん・・他のブログをスタート。そういえば、ひさしぶりに坂本龍一さんへのインタビューも掲載したところ。

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2009年03月01日

●岩田規久男『金融危機の経済学』

結局、ここ数ヶ月にまとめて読んだ経済モノの中で、何度か読み返したのは、岩田規久男『景気ってなんだろう』。最初は、あまり刺激がなく、さらっと目を通しただけだったのだが、何度か読むことに。一見、刺激がないけれど、味わい深い・・という、まさに教科書的なのが岩田氏の特徴だ。

で、今回も、金融危機がなぜ起きたのか、そこから何を学ぶのか、を教科書的に解説してくれる。・・ということで、出来の悪い生徒は、また後から、何度か読み直すことになるかな・・笑。

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●ナイジェル・スパイヴィ『ギリシア美術』

収められた写真の数々に圧倒される・・。いやぁ、予期した以上に圧倒された。メイプルソープの写真にも大理石像のシリーズがあったのを思い出す。
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解説が、なんだかウザイのは、こちらがあまりに初心者だからなんだろう・・。

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2009年02月22日

●岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』

またこの本。
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「ギリシアの彫刻は、エジプト的な思い素朴さからしだいに軽やかな繊細さへと発展してゆくが、少なくとも紀元前四世紀にいたるまでは、個人を表現しようとはいささかかも試みていない。つねに運動選手とか英雄とか神々を表現しようとしているのである。なぜだろうか。
 それは、ギリシアの芸術家たちがつねに理想を表現しようとしたからである。彼らはつねに普遍的なもの、形相的なもの、法則的なもの、理念的なものを追求している。芸術の課題は、可能なかぎり最高の美を表現することだ。・・・
 ギリシアの彫像は美しいが、すべて同じ表情をしている。ここには、不完全なものはいわば存在の資格において劣っているちう感覚がある。・・
 ヨーロッパの思想において、個体がほんとうに問題になるのは、キリスト教の成立以後である。」
「ギリシア人の神とは、私たちがそうありたいと願ってやまない、人間の理想化なのである。人間の生命への愛があまりにも昂揚して、神々の像へと結晶しているのである。ギリシアの詩人たちが、神々に人間のもつ苦楽や情熱と同種の、しかも強烈な感情を与えたのは、とうぜんであった。なぜなら、神々とは永遠化された人間であり、人間の本質への賛歌にほかならなかったからである。」

妙にギリシャ彫刻に惹かれる日々・・。

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●高橋洋一『霞ヶ関埋蔵金男が明かす「お国の経済」』

出版は、08年5月。内容は、先日の『この金融政策が日本経済を救う』とほとんど同じ。ただ、こっちは、編集部によるインタビューの書き起こしという構成になっている。
学者というよりも、断定口調で切りまくる、というのが"芸風"の人でもあるので、インタビュー形式のほうが著者の勢いが出る。

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「日本銀行はもともと金利を上げるのが好きで、そういうDNAがあってね。・・日本銀行には「金融引き締め」をしたら勝ちという文化、バカみたいなDNAがある。財務省は緩めろと言うから、引き締めるのが実は日本銀行には勝ちという風土があるの。ほんとだよ。勝ちと言うんだもの。」
「審議会の学者は各省のお抱え学者、代弁者とみられてしまう。全部が全部そうでないと思うけれど、御用学者と言われている人はいる。ある有力経済全国紙で、経済学の話題を書くコーナーがある。経済学者では、その欄に自分の主張をのせることは一種のステータスになっている。そこで、ある役所の政策を批判するものを出した場合、すぐにその役所から「先生のペーパーについて、議論したい」という連絡が来て、丁重に反論される。そのときには、些細なデータの誤りから指摘される。学者はこういうのは弱い。たちまち役所に取り込まれる。」

・・というわけで、この趣旨でこのテイスト、という人はなかなかいなかったから貴重ではあるけれど、その依って立つ理論的な背景は、3年間過ごしたというプリンストン大学でバーナンキなどとの交流でアメリカの経済学会で常識的な視点を獲得した・・ということなんだけれど。いい加減なことをテレビコメンテーター学者に語られるよりもいいけれど、それはそれでちょっと情けない気もする。あと、竹中平蔵の相談役だったことを自慢しつつ、少し前まで在籍していた財務省のことも切りまくるわけだけれど、このあたりの関係もちょっとよくわからない。政治家向きの人なのかもしれない。

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2009年02月09日

●服部茂幸『金融政策の誤算』

本屋で立ち読みし、買おうか迷ったが結局買わず・・。日経の書評に載ったのでメモ。

「本書の著者は「バブルは事前には防げず、バブルが崩れたときに徹底的に金融緩和をすればいい」という考え方が今回の危機をもたらした主因と見る。その主役はFRBのグリーンスパン前議長やバーナンキ理事長らだ。
 こうした「金融緩和派」は日本の長期停滞を基本的にデフレを起こした「金融政策の失敗」と理解しているが、それは誤りであり、こうした間違った理解が今回の危機にもつながったと著者は考える。
 物価ばかりを見て、資産バブルやそれに伴う信用膨張などの金融的不均衡を軽視してはいけないという考え方は、国際決済銀行(BIS)のエコノミストらを中心に語られていた。著者の考え方もこれに通じるものがある。」

う〜む。wikipediaの「経済学」の項に、
「経済学は存在自体が社会・政治・経済・政策と不可分であるため、学術的な論争や政策的な論争など数多の論争を生み出し消化してきた。それによって経済学徒は他学徒に「傲慢である」と印象を与えてしまうほど非常に攻撃的な知的スタイルを形成している。論争は経済学にとって理論を洗練させブレイクスルーを起こす役割を担ってきた。このように経済学と論争は切り離すことはできない。」

とあるけれど、論争自体が行われていることを、どれほどの人が認識しているんだろう・・。それに、そんな決着のついていないようなことが、"ただ一つの正解"として語られているとは思わないし。

wikipediaの「日本の経済論争」の項目は、簡単に整理されていて面白い。
さら〜に、疑問なのは、経済学者やエコノミストと名乗る人でも、"論争"とも言えないような、きわめて感情的で飛躍的な論理展開をする人がけっこう多いこと。そして、そういう人に限って、テレビなどに露出している、ということ。これは、そうした人を選択するメディア側の問題なのか、露出した後に徐々にそうした道化性を帯びるのか・・。経済専門誌などは、一般人は目を通さないし。う〜む。

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2009年02月07日

●越智道雄、町山智浩『オバマ・ショック』

「町山 黒人の政治家に対するアメリカ人──というか白人の恐怖感は、「復習されるんじゃないか」という心理が背景にあるでしょう。でも、オバマには奴隷経験という「過去」がないから、復習を心配しなくてもいいということでしょうか?
越智 実際、高給取りの白人男性は圧倒的にオバマを支持したわけです。収入に余裕があるぶんだけリベラルだから。いわば、白人が自ら選んだ下克上ですよ。」
「越智 オバマをひと言で表現するなら「絶対的アウトサイダー」ということになると思うんです。人種、階級、宗教、コミュニティ、家族関係などあらゆる面で、どこにも帰属してこなかった、あるいは帰属できなかった人ですね。
町山 逆に言えば、どこにも帰属するとも言えます。」
「町山 オバマはリンカーン、ローズヴェルトとともにマーティン・ルーサー・キングJr.のイメージも意識的に背負おうとしています。史上もっとも人気のある大統領二人とキング牧師ですから、まったく欲張りなんですが。
越智 自分が何者でもないからこそ、さまざまな偉人の影を背負うことができるんです。」

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どこにも属すことができず、何者でもない・・・というのオバマ像は、まさに腑に落ちる。
アメリカの保守やリベラルの起源の話など、ひじょうに面白いのだが、経済の話になるとやや弱い印象。経済を中心にした本は、政治の話が弱く、政治・文化を中心にすると経済政策が弱い。ブッシュとグリーンスパンの関わりはほとんど語られない。って、関わってないのか・・。

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2009年02月01日

●堂目卓生『アダム・スミス』

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「本書は、『道徳感情論』におけるスミスの人間観と社会観を考察し、その考察の上に立って『国富論』を検討することで、これまでとは異なったスミスのイメージを示す。

「『道徳感情論』においてスミスが描いた人間像は、「賢明さ」と「弱さ」の両方をもつ人間であった。「賢明さ」とは胸中の公平な観察者の判断にしたがって行動することであり、「弱さ」とは胸中の公平な観察者の判断よりも自分の利害、あるいは世間の評判を優先させて行動することである。・・人間が社会的存在であるということは、人間の「賢明さ」の原因であるとともに、「弱さ」の原因でもあるのだ。」

「富の主要な機能は、人間を存在させ、繁殖させ、その生活を便利で安楽なものにすることである。しかしながら、スミスは、富の中に、それ以上の機能を見出していた。それは、人と人をつなぐという機能である。」

「スミスは、真の幸福は心が平成であることだと信じた。そして、人間が真の幸福を得るためには、それほど多くのものを必要としないと考えた。・・与えられた仕事や義務、家族との生活、友人との語らい、親戚や近所の人びととのつきあい、適度な趣味や娯楽。これら手近にあるものを大切にし、それらに満足することによって、私たちは十分な幸せな生活を送ることができる。また、・・たとえ人生の中で何か大きな不運に見舞われたとしても、私たちには、やがて心の平静を取り戻し、再び普通に生活していくだけの強さが与えられている。・・
 諸個人の間に配分される幸運と不運は、人間の力の及ぶ事柄ではない。私たちは、受けるに値しない幸運と受けるに値しない不運を受け取るしかない存在なのだ。そうであるならば、私たちは、幸運の中で傲慢になることなく、また不運の中で絶望することなく、自分を平静な状態に引き戻してくれる強さが自分の中にあることを信じて生きていかなければならない。私は、スミスの到達したこのような境地こそ、現代の私たちひとりひとりに遺された最も貴重な財産であると思う。」

いやぁ、面白い。日経でエコノミストが選ぶ経済図書ベスト1位に選ばれた・・ということで、経済学の専門的な話かと思いきや、人の幸福、社会生活の根本がどっかりと描かれている。ひじょうに面白いし、"アダム・スミス"という人の考えにこれまで抱いていたイメージも覆ったことも確かなのだが、逆に、そう奇をてらった展開にも思えないし、経済学の古典中の古典がどうして、これまでこういう分析をなされてこなかったかのほうが不思議。
あとは・・ここで示されたある種の"諦観"のようなものが、今の時代とマッチしていていることも、この古典再解釈を楽しい読み物にしていると思える。

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2009年01月24日

●田中隆之『「失われた十五年」と金融政策』

高橋洋一『この金融政策が日本経済を救う』のところで書いたように、経済学者、エコノミストが量的緩和についてどう考えているのか知りたかったところで、タイムリーな本を日経の書評で発見。橘木俊詔氏によるものから。

「評者が最も大きな関心をもったのは、著者がインフレ目標論に関して、日銀がそれを導入しなかったことを正解であったと結論付づけた点にある。私もこの説に賛成である。2008年度のノーベル経済学賞を受けた米国のクルーグマンをはじめ、高名な外国の経済学者が、日本にインフレ目標を設定せよと主張したのであったが、日本のことをよく知らない彼ら経済学者の主張のあやふやさを指摘している点は小気味よい。」

・・う〜む。評者の立場はわかった。

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で、この本の著者は・・

「量的緩和によるベースマネーの増大は、すでにコール金利がゼロとなってそれ以上は低下しないのだから、市中銀行の貸出も債券購入も起きず貸出金利・再建利回りも低下しない(同時にマネーサプライも増加しない)。したがって、景気は拡大しない──基本的にこのように考えざるを得ない。」
「ベースマネーを増やしさえすればマネーサプライが増加するはずだという信用乗数アプローチ的な考え方自体に欠陥があったと考えざるをえない。」
「日本の論者が主張した人為的インフレ政策はクルーグマン提案の中核部分をスキップして、外形のみを説明したものが多かった。つまり、日銀がインフレ目標を設定し、「できることは何でもやるという姿勢」を明確にすればインフレが起き、デフレから脱却できるというのだが、これは「ほら吹き男爵」の寓話の域を出なかった。」
「モデレートなインフレを起こすことでデフレを脱却する手段は皆無なのだから、中央銀行がインフレ率にコミットしても、民間経済主体はそれを絶対に達成できないと考えてしまう。」

こうも言いますな。
「単純に「クルーグマンが言っているから正しい」程度の議論が幅を利かせた反面、その核心部分を理解しないままに反論する向きも多かった。」

というわけで、比較的冷静で論理的にインフレターゲット論の是非について解説してくれているように思うが、その展開がどこまで正しいのかは、情けないがわからない・・。別の立場からの冷静な議論を読ませていただこうと思います。

しかし改めて思うのは、経済学者が依って立つ考えの違いが、一見ひじょうにわかりにくいことだ。これだけ大きな違いがあるにも関わらず、テレビ番組などではひとつの"真理"のように解説、説明する。政治家や政治学者が明らかに考えの違う立場から議論する、ということは行われることはあるが、経済に関しては、ほとんど目にしたことがない。一方の説明を、その場では、真理として聞き、また別の場所では違う話を聞く。これでは、一般人は混乱するばかりだ。だいたい、こうした重大な議論が行われていることそのものが、多くの人々に知られていない・・という意味では、メディアの責任も大きいのか・・。
それに、金融政策の主人公である、日銀総裁がマスコミにあまり出ないというのはどうしてなんだろ。

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2009年01月18日

●浜田和幸『石油の支配者』

このブログでも、数年前から石油と新エネルギーの動向をときどき追ってきたのだが、去年の原油価格の高騰と急落は、なんというか異常。夏過ぎまでは、いよいよピークオイル説も現実化か、と思ったのもつかの間、あっという間に3分の1まで下がった。石油に関しては、わからないことが多すぎる。いちいち情報を追うのもバカらしくなるほど。
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で、この本を手に取ったわけだが、アメリカ、ロシア、中国・・さまざまな勢力がエネルギーの覇権をめぐって、激しい争いが行われていることはわかったけれど・・、なにか合理的に判断がつかない分、余計に遠い世界の話になった気分。
極めつけは・・

「ピークオイル説を、科学的根拠のない極端な悲観論にすぎないとみなす最右翼がロシアである。ロシアの科学アカデミーが中心となり、ウクライナの研究者と共同で進められた「原油無機説」の信奉者たちである。・・
 ロシアの研究者たちはこの原油無機説に基づく研究成果を応用し、既に枯渇したと思われていた原油や天然ガス田の再開発に相次いで成功したのである。特に1990年代・・・当時、枯渇したと思われていた61の油田のうち37の油田で再び原油を生産することが可能になったのである。・・このようなロシアの油田再開発技術は、近年まで西側に知られることがなかった。・・

 当初は否定的な受け止め方をする研究者も多かったが、原油が恐竜やその他の動植物の死骸が蓄積し長年の間に化石燃料と化したとする説を科学的に証明することを求められて証明できる研究者も誰もいなかったことも事実である。
 一方で、人工的に地下100キロメートルのマグマに近い環境を作り、1500度近い高熱と大気圧の5万倍という圧力をかけることで原油の生成過程を再現する実験も行われた。これはテキサス州ヒューストンにある原油資源研究所のJ.F.ケネア博士が主導した実験である。その結果、原油の自然生成過程が徐々に明らかになった。このような科学者による実証研究が積み重ねられた結果、急速にピークオイル説は根拠を失うことになりつつある。」


げげ〜。以前も原油無機説のことは書いたことがあったけれど・・。この本では、その生成過程が明らかになった、とあるが・・ほんとなんですか〜。

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2009年01月12日

●高橋洋一『この金融政策が日本経済を救う』

この本の前に、水野和夫『金融大崩壊』を読んで、頭が混乱する。大げさな言葉遣いは、一見派手だけれど、断定が論理的でなく、「・・の終焉」などと、「たいへんだ〜」と言いたいだけはわかる・・笑。

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で、こちらは、わかりやすすぎるぐらい単純明快。

「日本経済の先行き不安の原因は、サブプライム問題ではありません。・・それは、06年から07年にかけての金融引き締めです。・・
 ・・変動相場制のもとでは、公共投資や減税などの財政政策は効きません。なぜなら、赤字国債の発行による公共投資→長期金利の上昇→円高→輸出減少・輸入増加という形で、公共投資の効果が、海外に流出してしまうからです。・・
 ただし、この財政政策も金融政策と組み合わせれば、効果があります。なぜなら、金融緩和することで、円安に誘導できるからです。・・金融政策を行ってからその効果が現れるまで、ある程度の時間がかかります。・・このタイムラグがあるために、実際に効果が現れたときにはメディアを含む多くの人がしばらく前に行われた金融政策のことは忘れています。」

元財務省のいわゆる"埋蔵金男"だが、こういう考えをお持ちとは・・。これまで、リフレ派は、ネットでの声は大きい?が、マスメディアではあまり露出する機会がなく、たまに語られても、学者肌の人が小難しく思える説明をしがちで、多くの共感を得るに至ってこなかった。その点、「朝生」で見たこの方の経済学者という肩書きを持たない果敢さは、重要に思える。

しかし、さまざまな人がさまざまな論を展開する経済問題も、「量的緩和」の効果をどう考えるか、という点からだけでも、多くのエコノミスト、経済学者の立場をマップにして整理するとわかりやすいんだけど・・。

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2009年01月05日

●竹森俊平『資本主義は嫌いですか』

この金融危機をどう考えればいいのか・・、何冊か目を通してみたけれど、またなんだか感情的な議論に巻き込まれているようで、よくわからない。

が、これはいい。バブルがどうして起きるのか。対処のしようはなかったのか。まさにジグソーパズルが、おさまるところにおさまっていくように、徐々に「サブプライム危機」の全体像が浮かび上がる。学究肌の経済学者に多い、構築的だけれどやや固い文というのが、著者の特徴だと思っていたけれど、今回は、構成もひじょうに読ませ、スリリングな展開になっている。それでいて、ただ自身の論をただ主張するわけでなく、世界の経済学者が、ここ数年、何を論じていたのかをさまざま紹介しつつ、ひじょうにバランス感覚もあるし、論理的でもある。
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全体がしっかり構成されているので、なかなか一言で引用しにくいのだけれど・・

「「バブルの頻発」は世界経済全体の高い成長率を維持するために、経済システムの「自動制御装置」が働いた結果であった。高成長の維持が難しくなる局面に来ると、民間(特に金融機関)や政府が、さまざまな手段を動員して高成長の維持を図る。そのことが繰り返され、結果としてバブルが生まれた。

・・「サブプライム危機」を契機に、今度は「自動制御装置」も根本的に調整し直されるだろう。バブルの発生に歯止めをかけるということに重点を置いた調整がなされるのである。その結果、バブルの頻発もさすがにストップする。その代わり、世界経済の成長率は低下する。これが第一部の結論のあらましだ。」

「要するに「根本問題」は、「熾烈な競争」、「高利潤」、「計算の出来る危険」という、同時に成立させるのが不可能な三つのことを同時に成立させようという無理な要求をそのものにある。「サブプライム危機」とは、その「根本問題」が生んだ結果にすぎず、「根本問題」そのものではない。」

「今回のサブプライム危機の日本にとっての政策的なインプリケーション(含意)は、90年代の不良債権問題で懲りて、銀行中心のこれまでの金融システムに代わる、市場中心の新しい金融システムを、日本の政府、金融関係者が追い求めてきて、ようやくその答えをアングロサクソン型のビジネスモデルに見つけ出したと思ったところが、そのアングロサクソン型のビジネスモデルにも重大な欠陥が発見されたということではなかろうか。現在、経済界や経済論壇に感じられるある種の脱力感は、「改革目標」の喪失ということから来ているように思われる。やはり、一つのシステム(日本型)を別のシステム(アングロサクソン型)に改めれば、問題が解決するほど、ことは簡単ではないのだ。」

というわけで、結論が、そう単純ではない、というのがこの手の良書のまさに良書たる所以。一見わかりやすいと思えるエコノミストの感情的な発言にひっぱられないようにするためにも、こうした分野の教養の底上げが必要だなと改めて感じる(自分のこと)。

Posted by esaka : 01:17 | Comments (0) | TrackBack (0) | book / kei-zai

●一川誠『大人の時間はなぜ短いのか』

日々感じている疑問・・。
ベースは、物理的実在と知覚体験は、異なる、ということ。そこで、いかに多くの錯覚にとらわれているか、ということが説明される。その中で、もっとも面白かったのは・・

月は地上近くにあるほと大きく感じられる、という現象。光の屈折によっておきるものと思っていたのだが・・、

「月の錯覚については、いつくかの有力な説明が存在している。 実は、これまでの多くの研究によって、視覚空間は扁平な構造をしていることが知られている。人間の知覚にはこのような特性があるので、垂直線は水平線より長く見える。」

!! びっくり。
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で、歳を取るほど時間の経過が速く感じられる傾向の要因は、さまざま説明がされるが・・
「加齢が時間の長さの感じ方に影響を及ぼすことを示す研究は多い。現象としてはかなり安定したものといえる。ただし、この加齢効果の基礎にあるメカニズムはまだ特定されていない。心的時計や、新陳代謝の変化、注意の存在、注意の存在、ワーキングメモリーの機能低下など、様々な原因が考えられているが、こうした仮定の妥当性の検証や、これらの要因の間に相互作用における特性の理解については、今後の研究に委ねられているのが実情である。」

う〜む。ヒトの知覚がいかに、錯覚に満ちたものか、ということは理解できたが・・。まぁ、それだけでも十分楽しめたけれど。

Posted by esaka : 00:31 | Comments (0) | TrackBack (0) | book

2008年11月09日

●養老孟司+竹村公太郎『本質を見抜く力』

 凄いタイトル。90年代前半ぐらいまでは、こうした大御所知識人(と言われる人)が、専門外のことまで、これがわからないのはバカ、という形で、バッタバッタと断定しまくる書籍というのがけっこうあって、それをまた、それなりにありがたく受け止めていたものなのだが、90年代後半から、徐々にそうしたテイストのものが少なくなってきたように思う。専門外のことまでに断定する勇気?蛮勇?を持つ人が少なくなってきたとも言えるだろうし、あやふやなことを根拠もなく断定すると、ネット経由ですぐ専門家の指摘を受け、それが大きく広まる、ということもあるのだろう。

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 とすると、やはり、ネット以後は知識人の発言の形態というか、編集の形式も少しずつ変わってきていたようだ。

 で、そんな時代にあって、めずらしく蛮勇をふるう方による対談、鼎談集。語りだから、より根拠があやふやな断定が盛りだくさん。まあ、だからこそ、楽しめる部分もある。

 しっかりとデータにあたり、わかっていること、わからないことを区別し、丁寧に議論を組み立てることは、ネット以後に受け入れられやすい形なのだが、この形は、ときに結論があやふやになって、一見、地味になりがちだ。

 という意味では、これは一見、派手な議論。派手に散らばり過ぎという感じもするが・・

「竹村 ……いま、人類にとって最重要課題は「このままではエネルギーが枯渇に向かうからどうやってそれを省力化、省エネ化していくか」ということです。CO2がどれほど増えるか、温度がどうなるかということは、結局正確にはわかりませんし、それらの数値を信用しても仕方がないと思いますね。」
「養老 ……炭酸ガスの削減というのは、要するに石油資源の削減ということです。削減して石油価格が高騰し、みんなで少しずつ小出しに使うようになれば、石油会社の寿命と収益はどんどん伸びる。頭がいいなと思うますね。一昨年、収益世界一になった企業はエクソンモービルでした。しかも、一つの企業としては史上最高の利益です。」

 CO2問題よりも、石油の枯渇のほうが大きな問題なのでは?というのは、このブログでも言ってきたことで、以前はあまり一般的は視点ではなかったと思うが、徐々に常識になっているのか、と驚いてメモ。

Posted by esaka : 02:54 | Comments (0) | TrackBack (0) | book / energy

2008年11月02日

●濱野智史『アーキテクチャの生態系』

「WIRED VISION」で、ブログを連載していただき、その連載がもととなって書籍化されたから、というわけではないが、近年刊行されたITに関わる評論の中では、傑作と言える
のではないだろうか。

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 ブログ連載が元となっているのは、6、7章だけで、書籍の全体像は存じ上げず、最初に手に取った時には、予想以上のボリュームに、やや心配になったのだが、読み進めると、その分量の多さは、濱野さんの初の書籍という力の入れようがわかり、納得する出来上がり。そして、その分量の多さにも関わらず、とても読み進めやすいのは、濱野さんの論理的思考が明快で、その展開がスムーズだからだろう。

「アーキテクチャ」と「日本」に着目し、具体的には、2ちゃん、Mixi、ニコニコ動画、といった日本独特のソーシャルウェアに関する分析が行われているわけだが、ここに至る背景には、レッシグ、東浩紀、北田暁大、佐藤俊樹・・といった、情報社会に関する最前線の思想をしっかりと汲み取った上で、まさに「今」と「日本」が考えられていて、目の配り方のバランスが、まさに絶妙と言える。

 そのために、濱野さんが「はじめての書籍」にかけたエネルギーも感じて、これだけのボリュームになったことも納得できる。ITに関しては、批評の分野でもアメリカからの輸入超過だが、この本は、十分、英訳され、英語圏で読まれる価値のある内容だと思えた。

 書籍を編集された、NTT出版の小船井さんも、お疲れさまでした〜。言及されるウェブサービスの写真などが入っていると、より取っ付きやすかったと思いましたが、どうでしょうね・・。

Posted by esaka : 03:16 | Comments (0) | TrackBack (1) | IT / book

2008年11月01日

●岩田規久男『景気ってなんだろう』

 久しく経済学のお勉強から遠ざかっていたのだが、このところの「100年に一度の津波」ということで、この事態を経済学者の皆さんはどうお考えなのか知らねば、と思い、まずはいつものように岩田先生に頼る。

 出版は、10月10日だが、リーマンショック以降の世界経済の激動が、ここに反映されていれば、なおタイムリーだったんだろうな。

 相変わらず、素人を相手にしていただいても、わかりやすく本質を解説していただいているように感じる。この本での鍵は、「景気を安定させる方法はあるのだろうか?」という6章だろう。で、公共投資や減税が期待されたほど景気対策には寄与しないこと、インフレターゲットの有効性が説かれる。

Posted by esaka : 03:15 | Comments (0) | TrackBack (0) | kei-zai

2008年10月05日

●勝間和代『読書進化論』

 ここ数ヶ月、アウトプットのしっぱなしというか、自転車操業的なインプット、アウトプットを続けたので、少し頭をクールダウンする必要があった・・。コンピュータのデスクトップとオフィスと自宅の机の上の整理、あとメールの受信箱にたまった未整理のメールの振り分け・・という作業が、頭の中の"デスクトップ"を整理し、熱を冷まさせる・・。で、久しぶりに落ち着いて読書。

 読書について書いてある本を斜め読むのは、今の状態にはちょうどよかった。内容は・・これまで著者が書かれた本の宣伝ともいえて、密度が高いとは言えないが。面白かったのは、この視点・・。

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「私が2003年にマッキンゼーを辞めるときに、マッキンゼーの先輩、本田桂子さんと川本裕子さんと食事をしたのですが、そのときに、ふたりとも「本はいいわよ」「本を出すと人生のステージが変わるから」と出版をしきりに勧めてくれました。……おふたりとも、著書を機会に仕事の幅が広がり、ほかの人に対する知名度がぐんと上がったということでした。」
「さらに、私は、本というものは、「著者が書店を通じて見知らぬ人たちに名刺を配っている」イメージに近い、と思っています。」

 情報収集という面からの書籍の役割とは別に、自らの仕事環境をよりよいステージに持って行くために「書籍」をひとつのツールとして扱い、それをあからさまにする、という姿勢がある意味新鮮だ。こうした姿勢が、ライフハック的視点を売りにするMBA出身者に多いのは・・意見は差し控えたい・・笑。

 これまでも、アガリスクのようないかがわしい商品が(政治家の本のその類いか?)、書籍を自らの信用増幅装置のように使っていたけれど、これから、書籍というコストのかかるニッチな情報伝達装置の重要な役割として認識されるように思う。

・・となると、これから、そのコストの分担を著者が負うモデルも増えるかもしれない。自費出版と通常の出版との境界がわからなくなる、というのは、ブログの延長として、ある意味自然な成り行きだが、これまで出版が培ってきた信用を食いつぶすという意味では、ますます出版業の末期に近づいているという感じはするが・・。

Posted by esaka : 02:08 | Comments (0) | TrackBack (0) | book

2008年09月28日

madame FIGARO.jp

長らく、ご無沙汰してしまった・・。
ようやく秋の気配だけれど・・、夏から準備していた企画がようやくプレ公開。

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グリグリ動いたり、パタパタめくれたりします・・。

・「フィガロジャポン」のウェブサイトmadamefigaro.jp/

落ち着いたら、また次かな〜。は〜。

Posted by esaka : 22:47 | Comments (0) | TrackBack (0) | IT

2008年07月21日

●竹内一正『グーグルが日本を破壊する』

 内容を確認せずに、タイトルだけで適当に手に取ってしまったのだが・・。一般向け新書とはいえ、これは2008年に出すべき本ではないのでは。新しい視点がほとんどない。一カ所、面白いデータがあったので、そこだけメモ。「東洋経済」06年5月13日号から。
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「電通は、松下の二倍にも達しよかというとんでもない高給取りである、さらに22歳から59歳までの「生涯給料」で見ると、差は顕著だ。
・広告会社……電通 4億7000万円 博報堂 4億2000万円
・広告主……トヨタ 3億10000万円 松下電器 2億5000万円
そしてテレビ局は広告会社の上をいく。たとえばフジテレビの……生涯給料は5億7000万円である。……
 給料の低い広告主が、二倍近い高給の広告会社を通して、二倍を超える高給のテレビ局に、年間二兆円もの広告費用を支払っているのが日本の広告業界なのだ。」

Posted by esaka : 23:11 | Comments (0) | TrackBack (0) | book

2008年06月22日

●岡本一郎『グーグルに勝つ広告モデル』

 本のタイトルとは、かなりかけ離れた内容。だが、ビジネスモデルの変革を迫られる既存のマスメディアがどうしたらいいのか、という分析は、これまでありがちだったその危機を煽るものではなく、きわめて冷静。

 既存マスメディアは、ネットの一般化で、対策を迫られているが、それは、ネット対テレビ:ラジオ:雑誌・・というようなものでなく、それぞれのメディアが、それぞれの特徴、特質をよ〜く考え直して、必要に応じて、ネットも使いつつ、新たなビジネスモデルを構築せよ、という至極まっとうな話だ。
 
 そこで分けて考えるべきなのは、ネットかマスメディアか、ということではなく、例えば、ビジュアル×テキスト、ブランディング×情報量、ジャーナリスティック×エンタメ・・というような、流通するコンテンツの内容によって適した情報流通の選択がある、ということだろう。

 すでに、ネットは、メディアの対立軸にあるのではなく、コンテンツ流通経路のひとつとして考えるべきものということだ。

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 で、この本のユニークなのは、マスメディアのビジネスモデル分析に終わらずに、マスメディアの意義についてまで、あえて踏み込んでいることだろう。

「言論機関には偶発接触性が求められます。たまたまニュースに出会う、ということが必要なのです。自分が望んでいない情報にも偶発的に出会うからこそ、自分と異なる意見を持つ人が世の中に多数存在することや、意識することのなかった暗黙の規範を学ぶことができるわけです。……
 一方、インターネットメディアは自分が望む情報だけを効率的に収集してくれる機能をどんどん進化させています。……マスメディアが健全な民主主義を維持する最後の防波堤になるかもしれない、と筆者は考えています。」

このあたりは、キャス・サンスティーンの「サイバー・カスケード」を代表によく言われていること。また、
「情報は断片的に生み出されて編集され、プラットフォームに乗せる形に変換されて流通し、最後は貨幣と交換されるという、「知のバリューチェーン」ともいうべき経済システムの中で生み出されています。
 ウィキペディアは、グーテンベルグからグーグルが登場するまでの「旧世界」がずっと発展させてきたこの「知のバリューチェーン」から、無料で情報という栄養をもらってコンテンツを拡充するという寄生虫のような構造で肥大化しています。
 ここで問題になるのは、ウィキペディアがフリーであるがゆえに、強大な普及力を有しているという点です。そのため「知のバリューチェーン」を循環する経済価値が減少し、ウィキペディアが循環的に依存していた「信用できる」情報源が、事業運営上の深刻な困難を迎える可能性があるのです。そうなると、ウィキペディア自体も中長期的には生きながらえることができないでしょう。
……そもそもウィキペディアに記述されている「みんなの知恵」が、根源的には社会がコストをかけて育んできた知の基盤の拠って立っていることを、ゆめゆめ忘れてはならないと思います。」

もう一つ、個人的関心が深い部分を引用。
「今現在、我々が持つクリエイターのイメージは、印刷物やテレビCMや番組といったある規定の枠組みの中で、ルールにしたがってコンテンツを作る職人、というものです。
 しかし今後は、メディアの枠組みそのものを作っていく、そしてその枠組みが市場の文脈でどのような利用のされ方をするか素早くセンスして、枠組みとコンテンツの両方を進化させていく、といった能力が、クリエイターには求められるようになるのではないでしょうか。」

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2008年06月08日

●高橋克徳 他『不機嫌な職場』

秋葉原で通り魔・・。ヒリヒリするような不満、不機嫌が社会に充満している・・。

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この本の最後の部分から・・

「企業という場だけでなく、学校や家庭、地域社会など、多くの場で関係が希薄になり、お互いが関わりを持たず、孤立していく状況になってきている。その結果、隣の人が何をしているのかわからない社会になり、自分の鍵をしっかり閉めて、気をつけていなければ自分の身が守れない社会になりつつある。
 いろいろなものが便利になり、一人ひとりは経済的に豊かになっても、いつも不安を抱えながら生きていく社会になりかねない。それでよいのだろうか。
 協力し合うという行為は何も、ただ単にみんなで仲良くしましょうと言っているわけではない。また昔のように村社会をつくり、協力を強制することは難しくなった。いやゆる集団主義という形での協力関係は成り立たない。……
 組織のための個人でも、個人のための組織でもない、個人と組織がともに支え合い、良い影響を与え合う、新たな協力関係をつくりだしていくことが必要なのだ。
 そのためにまず、多くの人たちが疲弊し、場としたの魅力を失いつつある企業という場に、新たな協力関係を構築していく。その上で、さらに父親、母親として、あるいは世の中に関わる主体として、協力関係を実現していく。」

社会に不安と不機嫌が満ち満ちているように、家庭にも、そして、職場にも、そうしたエネルギーは伝播し、充満している……。そうした問題を組織・人事コンサルタントが、職場の問題として、真摯に問いただしている。
「人は多様である。いろいろな良いところを持っている。その良いところを認めてもらって嬉しくないはずがない。自分を認知してくれる、個人、組織、社会に対して人は好感を持つ。そして、その個人、組織、社会に対して、自分が何か貢献できないか、という前向きな感情を持つ。
 しかし、今の会社の中では、社員はなかなか認知される機会がない。それは、会社の中の評価軸が「一軸」になってしまっているからだ。その一軸とは「業績」である。業績をあげた人は偉い、そうでもない人はそうでもない、という認知環境になっている会社が多いのではないだろうか。
・皆がやりたがらない仕事を引き受けてやった人
・部下の面倒をいろいろとみてやった人
・主張し合って譲らない人々の仲介役になって調整した人
・クレームにいつも向き合って対応する人
・元気に振る舞うことで、皆を明るい気分にさせてくれる人
など、会社には多様な能力が集まり、多様な協力があるからこそ、全体が上手く回っていく。……自分を認知しない個人、組織、社会に対しては、人を愛情を弱める。……
 残念なことに、現代は認知飢餓社会である。」

長くなってしまったが、もう少し引用しよう。ここで語られるのは、日常生活の中で、あまりに当たり前とも思えることだけに、今の社会の混乱ぶりがわかるというもの。ちょっと前だったら、何を説教じみたことを・・と一笑に付されたかもしれないようなことが、なにかとても大切なことのように思える・・。
「当たり前のことだが、誰かに助けてもらったら、「ありがとう」と言うのは礼儀であり、人が気持ちよく生活していくための昔からの知恵である。しかし、こうした言葉を心から言えない人たちが増えているのも確かだ。……
 感謝という行為は、援助行動を強化していくことにもつながる。特に、相手が喜ぶことが自分の喜びになっていく。こうなってくると、自発的な協力行動が生み出されていくことになる。相手の期待に応えよう、あるいは相手の期待以上の行動をしていこうという意識が出てくる。……
 あなたは、この一週間で、心から「ありがとう」という言葉を誰かに伝えたことが何回あっただろうか。……ぜひ、ご自身に問いかけて欲しい。こうした感謝と認知をお互いに自然に伝え合うことで、援助行動や協力行動を当たり前の行動に変えていくことができるのである。」

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